Inside the Song:『スモーク・オン・ザ・ウォーター』

美しいスイスの街のカジノで火災が発生していなかったら、ディープ・パープル最大のヒット曲はこの世に存在しなかったでしょう。

Smoke on the water

Ian Gillan, Roger Glover and Ritchie Blackmore performing at the Rainbow Theatre in London on February 18, 1973. | Photo: Fin Costello / Staff / Getty Images

ディープ・パープルの1973年の大ヒット曲『スモーク・オン・ザ・ウォーター(Smoke on the Water)』。リッチー・ブラックモアが繰り出す、中世を思わせる重みのあるグルーヴは、 “リフ” という言葉を代表するフレーズとなりました。まず最初にこのギターリフから覚えた方も多いのではないでしょうか?

パンテラのダイムバッグ・ダレルは、ギター・ワールド誌のインタヴュー(1993年)で、『スモーク・オン・ザ・ウォーター』を “究極にシンプルな曲” と呼び、彼自身が最初に覚えた曲だったことを明かしました。「俺は初め、E弦だけでこの曲を弾いていたんだ。そうしたら親父がコードってものを教えてくれた。 “なんてヘヴィーなサウンドなんだ” って思ったね。シンプルだけど凄い曲さ。たった3音だけで世界を圧倒できるってことを証明した曲だよ。」

ソニック・ユースのサーストン・ムーアは、ゴールドマイン誌のインタヴュー(1994年)で、コネチカットでの高校時代に、この曲をプレイした思い出を語っています。「ホットな奴らは皆、ディープ・パープルをカヴァーしていた。だから俺も、『スモーク・オン・ザ・ウォーター』、クリームの『サンシャイン・ラヴ』、アイアン・バタフライの『ガダ・ダ・ヴィダ(n-A-Gadda-Da-Vida)』を覚えたよ。」


 

この曲の成り立ちの秘密は、歌詞の中に隠されています。

俺たちは揃ってモントルーへやってきた
レマン湖の湖畔に停めた移動式スタジオで
レコーディングするために
俺たちにはそう時間はなかった


アルバム『マシン・ヘッド』の制作に取りかかる以前、ディープ・パープルはメンバーチェンジを繰り返しましたが、その後は軌道修正して結束力を高め、1971年のアルバム『ファイアーボール』は、地元イギリスのアルバムチャートで第1位を獲得しました。

次のアルバム制作のために、バンドはローリング・ストーンズの移動式スタジオを借り、都会を離れてスイスの湖畔にある小さな街モントルーに滞在していました。この移動式スタジオは、 “the Rolling truck Stones thing” として歌詞にも登場しています。このスタジオはディープ・パープルのほかにも、レッド・ツェッペリン、ザ・フー、ダイアー・ストレイツなど、多くのアーティストが使っています。


 

1971年12月4日、フランク・ザッパ・アンド・ザ・マザーズ・オブ・インヴェンションが、モントルーカジノで90分間のコンサートを行っていました。ところが、興奮した観客のひとりが照明弾を発砲。コンサート会場の古い木の天井に火が付き、瞬く間に燃え広がってしまいました。

レマン湖の対岸にいたギタリストのリッチー・ブラックモアとバンドのメンバーたちは、自分たちがレコーディングのためにセッティングしていた建物から煙がもうもうと上がり、焼け落ちるのを目撃しました。

モントルー・ジャズ・フェスティバルのクリエイターで、歌詞の中では “ファンキー・クロード” と歌われているクロード・ノブスは、消防士と協力してコンサート会場から逃げ遅れた観客たちを救い出しました。しかし、カジノの劇場はレコーディングスタジオとして使い物にならなくなってしまった為、ノブスが “パビリオン” という小劇場を、代わりのレコーディングスタジオとして用意してくれました。

ところが、バンドの出す騒音に対する苦情が通報され、バンドはその場所を長時間利用することができなくなってしまいました。ブラックモアはギター・プレイヤー誌のインタヴュー(2016年)で、その時の様子を語っています。地元警察が劇場のドアから突入してきた時、バンドはまさに曲を録音している真っ最中だったそうです。「モントルー警察が来るってわかっていたら、俺たちは『スモーク・オン・ザ・ウォーター』の録音を始めていなかったよ。」


 

その時、ブラックモアは「とことんシンプルでストレートな曲を書かなくてはいけない。」と感じ始めていたようです。ドラマーのイアン・ペイスがリズムを刻んで、「俺はただそれに沿ってプレイした。」とブラックモアは、インタヴューで語っています。

イントロのGmのギターリフに関しては、自分のスキルレベルに合ったやり方で弾けばよいでしょう。多くのギタリストは、指を寝かせたバレーコードで弾いていると思います。しかしブラックモア本人の解説によると、サードポジションで、完全4度の和音をピックでなく指で弾いている、とのことです。

『スモーク・オン・ザ・ウォーター』のレコーディングには、ブラックモアがキャリアを通じて愛用している多くのストラトキャスターの中でも最初に使い始めた、トレードマークとなっている黒の1968年製のストラトが使用されています。彼のギターには短めのプレートリバーブと、ソロパートにはルボックスのテープレコーダーを使ったエコーも掛かっています。このテープレコーダーは、ブラックモアがライヴで愛用しているもので、ライヴのソロパートでは、オーバードライブも追加しています。左チャンネルにブラックモアのギター、そしてギターサウンドに似せるために、マーシャル・アンプを通したジョン・ロードのオルガンが右チャンネルに割り当てられ、ギターとユニゾンでフレーズを弾いています。

最終的には、ファンキー・クロードがバンドのために “誰もいなくて、寒々としてがらんとした” グランドホテルを用意し、バンドは『スモーク・オン・ザ・ウォーター』とアルバムのその他の曲を仕上げました。


 

1973年5月に北米でシングルリリースされた『スモーク・オン・ザ・ウォーター』は、ビルボードのシングルチャートで第4位を記録しました。さらに、NMEの “オール・タイム・グレイテスト・ロック・リフ” の13位、トータル・ギター誌の “グレイテスト・ギター・リフ・エヴァー” の4位、ローリングストーン誌の “オールタイム・グレイテスト・ソング500” の434位にランクインしています。

また、大きな被害をもたらした1988年のアルメニア地震に対するチャリティ活動 “ロック・エイド・アルメニア” では、ディープ・パープルをはじめピンク・フロイド、ラッシュ、ブラック・サバス、イエス、クイーン、アイアン・メイデンらブリティッシュ・ロックの有名バンドが集結し、『スモーク・オン・ザ・ウォーター』を再レコーディングしました。このバージョンは、UKシングルチャート・トップ40にランクインしました。

By: Adam Brent Houghtaling